フレームワークとしてのUNIX

「一回作ってみて、そこから機能を増やすことではなく削ることで価値を出す」、

これが注目してほしい点です。

2008-06-27 – おおたに6号機blog

多機能なフレームワークに関わってきたshot6さんが、「削る」という考え方に、シフトしているのを興味深く読ませてもらいました。

ある意味では、UNIX的な考え方に近づいているんじゃないでしょうか。ちょっと脱線してみます。

フレームワークとしてのUNIX

  • 全ての入出力は、ファイルである。(ある意味では泥臭いけど、非常に現実的な、抽象化手法)
  • 1つのことを行なうフィルタを多数提供し、組合せによって目的を達成する。(標準入力、標準出力、標準エラー出力を使ったインターフェース)

この考え方の上にUNIXというシステムを作り上げて、実際大昔から現在までに破綻せずに運用されています。

UNIXユーザの思考

こんな世界に関わっていると、UNIXユーザの思考は、だんだん、下のようになってくると思います。

  • UNIXユーザは、1つのプログラムが多数の仕事をこなすことは悪と考えています。
  • UNIXユーザは、至れり尽くせりのAll in Oneプロダクトの使用をユーザに強制することは、ユーザに対する侮辱と考えます。(選択の自由が保証されるべき)

UNIX的な方針

しかしそうではなく、本当は正式版(1.0)まではもしかしてこうすべき?と昨日考え付いたのが、

ひとまず作る

 →必要そうな機能と付け足していく

  →ある程度固まったら、今度は機能を削っていく

   →削りに削って最後に残った厳選されたものだけをリリース

    →順次ひいた部分からタイミングを見計らい適切に足しこんでいく。ただし緩やかな進化と後方互換を保って。

2008-06-27 – おおたに6号機blog

UNIX的には、一番最初に削るのは、対象ユーザになるだろうな。(誰を助けて、誰を助けないプロダクトを作るのかを決めるという意味で)

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